フロイトで読みとく分身小説 3 ホフマン『大みそかの夜の冒険』の場合: ドッペルゲンガーの物語はなぜ不気味なのか?

■内容紹介ドイツロマン派幻想小説の大家であるホフマンの作品を題材に、フロイトの自我理論を援用してドッペルゲンガー(分身)の物語の本質を解きあかす。哲学者・翻訳家として知られる著者の新訳による『大みそかの夜の冒険』をあわせて収録。電子書籍によるオリジナル出版「中山文庫」第三弾。■冒頭から「このシリーズでは、分身が現れる小説の中から優れた短編を選び、フロイトの概念を応用した三つの類型で読みといている。分身、すなわちドッペルゲンガー(Doppelganger)とは、フロイト自身の説明にもとづいて最もかんたんに要約するなら、外見が同一であるために、二人の異なる人物を同一人物とみなさざるをえなくなるモチーフである。しかし、この定義はあくまで入り口であって、分身とは、迷宮のような奥行きを持つ主題でもある。なにより分身の物語には、なぜか不気味なもの、悲劇的な性質をともなうものが多い。それはなぜなのかということも、ぼくたちはすでにシリーズの1と2を通じて考えてきた。 3にあたる本書では第三の類型を扱うと共に、さらに進んで、分身という定義の応用といえる要素にも踏み込んでいきたいと思うが、この巻から初めてお読みいただいても問題のないように、最初にここでみじかい説明をしておくことにする。 フロイトは人間の心の構造が、「超自我」「自我」「エス」という三つの審級で構成されていると考えた。これらがそれぞれに分裂し、あるいは独立して人格を持ったものであると考えることで、多くの分身小説を読みとく鍵を得ることが本シリーズの意図である。それは、さまざまな文学作品が完全にこの類型どおりになるという単純な意味ではけっしてない。しかしぼくたちが作品を読んでいて、なぜこうなるのかと頭をかかえたくなるような難解な「分身」たちや、ときには彼らに引きずられているようにみえる不思議な作品の、うちなる力を理解するうえで、一つの基準線のようなものとしてこれらの類型を使っていただければうれしいと思う。」■目次はじめに ドッペルゲンガー小説の第三類型と応用性第1部 大みそかの夜の冒険 E・T・A・ホフマン  中山元訳出版者のまえがき1‐1 恋人1‐2 地下酒場で1‐3 幻影1‐4 失われた鏡像の物語さまよえる熱狂家のあとがき第2部 フロイトで読みとく分身小説 3 ホフマン『大みそかの夜の冒険』の場合2‐1 枠物語の構造    分身の性質    物語Aにおける欲望の接近場面2‐2 現実と幻想を結ぶ中間者たち    影の像と鏡の像2‐3 ユーリエ、ユーリア、ジュリエッタ    夢と幻想2‐4 物語Bの構造    物語Bの中間者たち    物語Aと物語Bの具体的な照応関係    魔と毒のモチーフ    欲望から破滅までの局面    二つの物語の結節点    魂の引き渡し契約