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大正時代の女の子が夢中で髪を切る『燕のはさみ』腕が良ければ床屋はもうかるとは限らない

雑誌「ハルタ」は、あらゆる時代の中で女性が強く生きていく様子を描いた作品が、比較的多い。『乙嫁語り』『ジゼル・アラン』『ふしぎの国のバード』『碧いホルスの瞳』『ストラヴァガンツァ』などなど。
大正時代の理髪店を描いた、松本水星『燕のはさみ』もその1つ。

大正10年、東京銀座に小さな理髪店があった。髪を切っているのは、看板娘の16歳・燕。
新しい髪型を見るのが大好きで、ことあるごとに髪を切ろうとするもんだから、周辺で知らない人はいないくらいの変わり者。

彼女が働く「鳥理髪店」には、ガヤガヤとたくさんのおじさんが集まっている。良家の跡継ぎになった青年・創一郎は彼らの下品なノリを見てを呆れる。
しかしそこにいたのは、財界のお偉方。普段は堅苦しい日々を送っているが、燕のところに来て髪を切ってもらっている時は身分を捨てて、すっかりリラックスした「ただの客」になる。
燕は理髪への情熱と努力から、若くして新聞に載るほどの、一級品の腕を持つ床屋だった。

この作品が描くのは、彼女の突き抜けた技術だけではない。
後半、やり手の女性理髪師が、オシャレでモダンな「スタア理髪店」を開業。ハイカラなノリは燕と真逆。
腕にそこそこの自信がある燕だったが、常連はみんなスタア理髪店に流れていき、危機感を覚える。一見イヤミな相手の店の女主人は、お客さんに喜んでもらうための地道な努力をしている。燕は髪を切ることしか考えていなかった。

技術で秀でていようと、接客対応や、店内の居心地のよさも、理髪店の重要な売りだ。
いかにしてお客さんひとりひとりと向き合うか。自分なりに、できる最善のことは何か。
好きなことを磨きながら、社会の一員として働くため、手探りで成長していく少女の物語だ。
時代が時代なので「女だてらに」と言われがちな中を、燕は気にもとめず、前しか見ないで進むから、気持ちがいい。
4月から理想をもって仕事を始め、今頑張っている人たちのカンフル剤として、読んでほしい作品。