歯医者嫌いが体験するインプラントの実態『欠歯生活』負の連鎖を断つには
歯が抜けたら、即入れ歯という時代ではない。
人工歯根を埋め込み人工の歯を被せることで、元の歯と同じ機能を復元するインプラント治療。6月2日に配信開始された『欠歯生活 歯医者嫌いのインプラント放浪記』は、著者のダメ患者ぶりを楽しみながら、世の中に定着しつつあるこの治療方法の実態を知ることができるエッセイだ。
事の発端は2002年の12月。〈ぼく〉は食事中に口内の異常に気付く。10年前に70万円掛けて手術した右奥歯のインプラント(人工歯根)の被せものが、取れてしまったのだ。
手術を受けたクリニックを訪れるも対応は冷たく、最終的に告げられたのは治療のやり直し。しかも費用は350万から400万円とベンツ並み。インプラント治療は保険がきかないとはいえ、あまりにも高すぎる。今度はA大学病院を訪れる〈ぼく〉。担当医に最小限の措置で済む35万円程度の手術を提案され、一安心するのだが……。
本書の途中に挿まれる歯科医師のインタビューによると、〈インプラントのメリットは、人工の歯をしっかり固定できるから噛めること、そしてそれ以上に残っている歯を傷つけないこと〉だという。高額の治療費で、そんなメリットしかないのかと思うかもれない。でも、歯がない生活は想像以上につらいのだ。
〈ぼく〉は奥歯が抜けてからというもの、うまく物が噛めないので食事も満足にできない。口を動かして会話をするのが億劫になり、表情が固まる。入れ歯という選択肢もあるが、隣の歯にフックで引っ掛けるため健康な歯が弱くなる恐れもある。
〈まるで工事現場の工程表みたいだ〉と〈ぼく〉が漏らす通り、インプラント手術は建築工事に似ている。ドリルであごの骨に穴を開けたり、ねじを埋め込んだり、コンクリートで固めたりと物々しい。ただ派手なのはここまで。後は、歯周病予防のまめな歯磨きやメンテナンスといった地道な作業の連続となる。
ところが、〈ぼく〉はそれができない。幼少期に羽交い絞めの状態で虫歯を削られたトラウマが、治療の足を引っ張る。歯に痛みや違和感を覚えても歯医者が嫌で、すぐに病院へ行かずに耐えてしまうのだ。
無駄な我慢で手遅れになり、インプラントの必要な歯が増え、完治は遠のくことになる。なのに〈うちの家系は歯が弱いから〉〈面倒くさいのだ〉〈取材が忙しい〉と、言い訳ばかりで懲りる気配はない。。
そんな負の連鎖の渦中にある〈ぼく〉を信頼できる医師とインプラントが救い、ダメ患者が模範的な患者に成長していく過程は、単なる怠け者の治療記なのになんだかドラマチックに見えてくる。
にしても、最終的に治療にかかった費用と期間はなかなか衝撃的。コストに際限のないことがインプラントのデメリットなのだと、歯医者嫌いの代償が証明している。