テロリスト・佐藤の過去と母親の不器用な愛と『亜人』10巻の衝撃
まれに人類の中に現れる、決して死なない未知の新生物・亜人。即死した交通事故で、亜人として生き返った永井圭が壮絶な戦闘に巻き込まれていくアクション漫画『亜人』を紹介する。この10巻には、重要なエピソードが詰め込まれている。
注目すべきは、永井圭の宿敵であるテロリスト・佐藤の過去が判明した。右足を失ったままアーケードゲームに興じる佐藤は、元軍人の腕前を買われて、非合法組織に雇われていた。組織の会合でもずっとゲームボーイでテトリスを遊んでいる佐藤。
そこを敵対組織に襲撃されて、右足がないまま応戦する。たちまち数人を射殺した刹那、テーブルの上に乗っかって青龍刀の一撃を交わし、刀を奪って床に落下しつつ敵を首を切り落とす。右足のハンデをもろともしない戦闘能力で相手を全滅させる。
時は流れて5年後。数々の非合法組織から恨みを買っていた佐藤が捕らえられた。磔のまま、頭部を銃殺。彼の脳裏には、古いゲーム画面のドット絵で「GAME OVER」の文字が浮かんでいた。そこで変化が起こる。濃い濃霧とともに、佐藤が欠損した右足を復活させながら蘇ったのだ。
「誰かがコインを入れたみたいだね」
ドット文字で表示されたゲームオーバーの画面には、「CONTINUE?」(続けるか?)の文字が浮かんでいる。
「YESだ」
亜人・佐藤の誕生である。
佐藤にとってはゲームボーイも、殺人も、テロ行為も、すべてゲームを遊んでいる感覚なのである。社会にとってはもちろん悪なのだけど、佐藤自身に悪事を働いている自覚はない。善悪の判断がつかないのではなく、善悪には興味がないのだ。面白いゲームだったらなんでもあり。亜人という身体を手に入れた佐藤は、人間社会を相手にテロ行為というゲームを仕掛けていく。その原点が垣間見えたエピソードだ。
また、逃亡中の永井圭が母親に電話するシーン。普通の親なら、子供を心配するか、亜人になった息子を気味悪がるだろう。ところが開口一番、
「逃げるのは正しい選択ね。でも私に電話する必要性はどこにあるの?」
あくまでもドライな母親。しかし、愛情がないわけではない。
これは永井圭もだが、非情ではなく、合理主義者なのだ。幼少期に親友だった海斗を、「友達付き合いをやめろ」と言われて関係を断ち切った。それでも亜人騒動で助けてくれた海斗を、今度は逃亡中に置き去りにした。客観的にはずいぶんと白状なヤツに見える。
それは永井圭が母親に似て、合理的な思考の持ち主だからだ。妹の病気を治すために医者になる必要があるから、海斗を切った。友達よりも近しい者を救うために。
ところが母親は言う。
「私ほど合理的ではないわ。バカねぇ…おそらく圭は逃げない」
佐藤から逃げて平穏に過ごすのが理にかなった行動だろう。だけど永井圭は、今まで共闘してきた戸崎たちの元へ戻る。今までに散っていった戦友や、残された家族のことを想わずにはいられなかったからだ。合理的な主人公の、非合理的な行動。
佐藤が立ち上げたWebサイトには、「最後の戦いが始まる」の文字が浮かび上がる。『亜人』の物語もいよいよクライマックスが近づいてきた。