戦時下のパリ『五百年目のマリオン』はカウントダウンマイ・フェア・レディ
1940年のパリ。宿無しで日々盗みを働く15歳の少女マリオンは、舞台にあがるよう誘われた
日笠優「五百年目のマリオン」の電子書籍配信がはじまった。
ヒロインのマリオンは、子どもたちの窃盗団のボス。市場に行っては、野菜や果物やパンを盗んで、なんとか暮らしていた。
手足が長くてスタイルがよく、髪はブルネット、瞳は煙水晶のよう。仲間たちにこっそり隠れて歌うのが趣味。
たまたま彼女の歌声を聞いた音楽家のアーロン・ローゼンベルグは、声をかける。
「ジャンヌ・ダルクの役で、舞台に立ってみないか?」
マリオンは大の男嫌いで、仲間以外には猫のように警戒心むき出し。紳士的なアーロンにも毛を逆立てる。
しかし大劇場の舞台に立ち、思いっきり歌った時、彼女の心に火が灯った。容姿を整え、マナーを学び、舞台に立つための訓練を受ける決意をする。
花売り娘をレディに育成していく「マイ・フェア・レディ」を彷彿とさせる物語だ。
ただこの作品、一人の少女には手に負えない問題が起きることが、最初から明示されている。
「フランスがドイツの占領下に置かれる日まで、わずか2ヶ月あまりの事である」
時折入る語りは、この後彼女が平穏に過ごせないカウントダウンになっている。
一応最初のシーンでは舞台には立てているようだ。とはいえマリオンを誘ったアーロンに、なんらかの裏があるのも最初から明かされている。
戦時下のパリの動きを、気が強く世間知らずなマリオンを通して描いている作品だ。
笑顔よりも怒り顔の多いマリオンが、だいたい五百年前に活躍していたジャンヌ・ダルク役というのはかなり気になる。
彼女が人々の前に立つ時、ジャンヌのようなまばゆい旗印になるのか、あるいは生贄になるのか。
小さく区切られた中で、伸び伸びとできず戸惑うマリオンの姿は、ものすごく息苦しく見える。
そしてマリオンが眺める、大ごまに緻密に描きこまれたパリの町と空は、とても開放的だ。