• トップ
  • 新刊情報
  • 夏目漱石『こころ』をゾンビまみれにしやがった『こころ OF THE DEAD』

夏目漱石『こころ』をゾンビまみれにしやがった『こころ OF THE DEAD』

『高慢と偏見とゾンビ』が、ジェイン・オースティン『高慢と偏見』の原文にゾンビをねじこんだマッシュアップであるのに対し、『こころ OF THE DEAD』は、もはや夏目漱石『こころ』の原型はとどめておらぬばかりか、夏目漱石の他の作品に登場するキャラクターも入り乱れての大乱戦するクレイジー爆走ギャグホラーだ。
そもそも小説じゃなくて漫画になっておる。

夏目漱石『こころ』は、三分構成だ。
上:鎌倉のビーチで私は、先生と出会う。
中:容態の悪くなった父を置いて、東京行きの記者に乗り、先生の遺書を読み始める。
下:先生の遺書。
『こころ オブ・ザ・デッド ~スーパー漱石大戦~』は、この「上」「中」を6ページのプロローグに圧縮し、『こころ』のクライマックスである「先生の遺書」を本編にしてスタート。
しかも、ゾンビがはびこり、「私」はゾンビハンターであり、先生が残した手紙には「ゾンビアポカリプスにまつわる恐るべき真相」が描かれていることが示されていて、スタートからかっ飛ばしている。
高密度圧縮プロローグでフレームを提示したあとは、大活劇だ。
漱石『こころ』の最高の決め台詞「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」を早々に放ち、先生とKは、ゾンビ化しつつあるお嬢さんを助けるために、房州の陸軍疫病研究所めがけて旅立つのである。
先生が柳生新陰流、Kが小野派一刀流。
覇を競い合った両派の剣客である二人は、ゾンビ化をとめるために茄子をお嬢さんの口にねじこみ、ゾンビと戦いながら、突き進む。
こうやって、ストーリーを紹介していると、「あれ? おれ、なんか変な薬やってるのかな?」と思ってしまいそうになるが、だって、本当にそんな話なんだもん。

Kの勇敢なる行動力に、先生のメチャクチャな思いつき(「僕に兵法がある!!」が決め台詞だ)が加わり、当然のことながらお嬢さんをめぐる三角関係というか、まあ、「先生」が、勝手に友情を勘違いし、勝手に嫉妬してるんじゃないかという原作における身勝手さを、こちらでもガッチリ発揮しながら進んでいく。

二幕、『門』の野中宗助が登場する「地獄の門」。
三幕と四幕は、坊っちゃんVS赤シャツ死霊軍団。
五幕は、胃弱の中学教師苦沙弥先生(「吾輩は猫である」)が大暴れ。
そして一巻ラストには、驚愕のあの人がッッッ!

永遠に続く明治に生きる若者と、その明治精神を終わらせんとする組織の戦いを描いた漱石スピリッツを継承しながらも、まったく新しい地平へ歩みだした物語がここにある。

『こころ オブ・ザ・デッド』を読んで、『こころ』に興味を持った諸君へ送る即席ブックガイド】

『漱石 心』
いま「こころ」を読むなら、なんといってもコレ。
漱石の自筆原稿をもとに、書き間違いも「…」の長さもそのままに、漱石ウオッチャーのブックデザイナー祖父江慎が緻密に造り上げた究極の「こころ」。

・石原千秋『「こころ」で読みなおす漱石文学 大人になれなかった先生』
先生はなぜ親友をKと呼ぶのか。未亡人と娘のところに下宿しているというラブコメ状況にわざわざ親友を呼び寄せて混乱させた意図は何だったのか。青年が先生をそんなに慕ったのはなぜか。漱石「こころ」を謎編として、この本を「解決編」として読むことも可能。文学的想像力の冒険の書。

・夏目漱石×榎本ナリコ『こころ』
舞台を現代にし生々しいラブストーリーとしてマンガ化した現代版「こころ」。