それは恋じゃない『鳴沢くんはおいしい顔に恋してる』

山田怜「鳴沢くんはおいしい顔に恋してる」3巻の電子書籍配信が、12月20日から始まっている。

「突然だが、俺はうまそうに飯を食う女性が好きだ……うまそうに飯を食っているのを眺めるのが大好きだ!!! そしてその姿を毎日眺めながら暮らすのが、俺の夢なんだ!!」
額に傷があり、目つきが悪いため怖がられている男子高校生・鳴沢秋博は、料理がうまい。料理が好きなのではなく、それをおいしそうに食べる女の子が好き。
彼は、イタリア人女性のジュリエッタ、近所の幼馴染・冬子、慕ってつきまとう少女・春という、「おいしい顔」の持ち主に出会う。
彼女たちはモリモリごはんを食べて、三者三様の幸せそうな顔になる。そのためなら、彼はなんだってする。
「やっぱり、自分が作ったものをおいしいって食べてもらえる顔が、俺にとって一番価値のあることなんだなぁ」

鳴沢くんのはっちゃけっぷりが楽しい、グルメコメディ。
だが「恋してる」というタイトルはちょっとした罠だ。
というのも、彼は「おいしい顔」が好きなだけで、3人のヒロインには恋をしていない。

3巻では海に行くシーンがある。彼は彼女たちとの時間を一切喜ばないし、水着を見ようともしない。
料理を食べている時の顔しか、見ていない。
「フェティシズム」ではない。「幸せ」なのであって、「興奮」はしていない。

これは、愛情を渇望する少年の物語だ。
彼は幼い頃、父親を亡くしている。母親は、帰ってこなくなった。
兄はきれいな女性と結婚した。
ところが兄のDVで、奥さんと自分は怪我を負う。

幸せを、知らない。
だから、「与えて喜んでもらう」のがダイレクトにわかる、「食べてもらう」という行為に執着している。
子どもが勉強を頑張って、笑顔の親に褒めてもらうのと同じだ。
彼の自己肯定は、食事している相手の笑顔で得られる。

彼が自分のために「恋」をするのは、まだまだ遠そうだ。
とはいえ、3巻ではジュリエッタの料理をたべて、自分が満面の笑顔になっている。
彼の中に「幸せ」は少しずつ、蓄積してきている。