映画「永い言い訳」西川美和監督の子供からリアルを引き出す覚悟
2016年12月、1つの名作映画が話題になった。
1972年公開のフランス映画「ラストタンゴ・イン・パリ」。レイプシーンの撮影を、女優は知らなかったのではないかと物議を醸したのだ。
監督のベルナルド・ベルトルッチは、シーン自体ではなく、バターを使う演出を知らせなかったと反論した。
演出を伏せた理由は「女優ではなく女の子としての反応が欲しかったから」だという。
映像作品で「リアルな演技」をどう扱うかは意見がわかれる。
現在公開中の映画「永い言い訳」の監督・西川美和は、エッセイ集『映画「永い言い訳」にまつわるXについて』に、子役を撮影するときの心境について綴っている。
「永い言い訳」には、大宮灯という幼い女の子が登場する。
オーディションで西川監督は、ゆで卵が嫌いな子供に話す。
「お名前は? って聞かれたら何て答えるんだっけ?」
「……あーちゃん」
「じゃ、聞くけど、あーちゃんは、何でひよこちゃんカレーが好きなんだっけ?」
「ゆで卵が入ってて、おいしかったから!」
「すっばらしい!!」
西川監督は、5歳前後の子供でも心情や状況の説明を聞いてくれるし、理解しようとできると考える。
子供が信用に足らないのではない。子供を相手にすると、はなから腫れ物に触るように判断基準が緩み、合格点を低く設定しようとする自分自身が信用ならなかったのだ。
“弱くては、映画は作れない。”と自分を戒める西川監督。
不意打ちの撮影でも、丁寧な説明をした撮影でも、子役をはじめ演者の心に傷を負わせる可能性はなくならない。その可能性から逃げようとすることが「弱さ」だという。
映画「永い言い訳」は、妻(深津絵里)を亡くした夫(本木雅弘)が、妻を愛せなかった自分と向き合うラブストーリー。
演者の心を傷つけることと向き合う西川監督が、妻や自分自身の心と向き合えなかった男の再生を描いている。
もがく姿はかっこ悪い。でも、逃げない強さを得た人の表情は、素敵だ。