いじめられっこVSゾンビ。乙一『カー・オブ・ザ・デッド』がやっぱり凄いッ
物理的な制約から解放された電子書籍。可能性が拡がった。
でも、読者からすれば、選ぶのがたいへん。
紙の本なら、物理的にぱっと見て、分量が分かる。
だが、電書は買った後でさえ分からない。
買って読んでみたら「あれ? これ4ページぐらいしかなくない?」なんて罠みたいなのもある。
値段と分量のバランスが取れてるかどうか、ってのは難しい問題だ。
というわけで、自分でもKDP(Kindleダイレクト・パブリッシング)で『思考ツールとしてのタロット』『あたらしいじゃんけんをつくろう』などの電子書籍を出している米光さんが、電書の凄さを感じさせる「これを読んでみてよ!」っていうモノを紹介するシリーズ「電書の可能性」。
第二弾は、乙一「カー・オブ・ザ・デッド」だ。
Amazonページを見てもらえると分かるように、これは「Kindle Single」。
“魅力的なストーリーを、程よいボリュームで”というキャッチコピーで展開しているサービスだ。
“著者が最も自然と思う長さで執筆した作品が編集され、電子書籍として提供されます。また、対象となる書籍は、通常30~150ページ(400字詰め原稿用紙換算、以下同様)で構成されており、フィクションからノンフィクション、著名な作家からこれまで出版経験のない著者によるものまで、様々な作品を厳選してお届けします。”
というわけで、値段も99円から299円ぐらいがメイン。
小説なら、短編もしくは中編ぐらいのもの1編を本にして販売している感覚。
電書なので、著者は自由な長さで書くことが可能になった。
KindleSingleは、J.K.ローリング、辻村深月、池井戸潤、吉本ばなな、円城塔などさまざまな作家のオリジナル短編・中編をリリースしている。
今回リリースされたのは、乙一「カー・オブ・ザ・デッド」。
死体が語り手の奇妙な物語『夏と花火と私の死体』でデビュー。その後、『GOTH リストカット事件』でミステリーの賞を多数受賞。中田永一名義で発表した『くちびるに歌を』が映画化。大人気作家だ。
「カー・オブ・ザ・デッド」は、ゾンビもの。
蒲生晴彦が、すすり泣いている女性に「大丈夫ですか?」と声を掛けるところから物語は始まる。
よく見ると、女性は“膿んで腐った肉に白色の粒がひしめき蠢いていた。顔に大量の蛆が張りついている”という状態であり、襲いかかられる。
蒲生は、手近にあったカメラの三脚で殴りつける。
直接的にゾンビとは書かれていないが、もちろんタイトルとの連想で、読者は「さっそくゾンビの登場だ」と理解する。
女はうごかなくなるが、蒲生は、噛まれている。
ゾンビ化しているのだ。
だが、いきなりゾンビ蒲生は車に突き飛ばされる。
と、ここまで、たったの6ページ(ってもKindleは文字の大きさが変更できるので環境によってページ数変わります)。
1章の真ん中でガラっと視点が変わる。
「僕」は、車を運転している。
「あのう、もしよろしければ、電波があるところまで、乗せてってもらえませんか?」
車が動かなくなって困ってる男女を、車に乗せる。
乗せた後に、女性が、はっとした表情になる。
「……日比谷くん?」
「え?」
「日比谷くん、だよね?」
乗せた男女は、クラスメートだったのだ。
男は神宮寺。女は佐倉。
ふたりは結婚するという。
そして、じょじょに判ってくるのは―。
語り手の日比谷くんは、クラスメートからいじめられていたこと。
さらに、日比谷くんは、佐倉さんのことが好きだったということ。
このあたりの人間関係と状況の作り方が、乙一さすがッ、絶品。
いじめていた男と、好きだった女性と、主人公が、ひさしぶりに(しかも車という密室の中で)再会。
あっという間に物語に惹き込まれる。
もちろん、この後、ゾンビとの対決が待ち受けているのだ。
スカイエマの表紙イラストも、かっこいい。
ふっと空いた30分ぐらいの時間で読める短編小説だ。
死闘の果の絶望と希望を同時に感じさせるストレンジなラストシーンの余韻がいつまでも残る。
オススメです。
『カーオブ・ザ・デッド』乙一
【目次】なし
【構成】テキスト
【ページ数】144ページぐらい(環境によって変わります。Kindle Paperwhiteでフォントサイズ真ん中:文庫本でおよそ77ぺーじぐらい)
【書き出し】
蝿が飛んでいる。腐敗した肉の臭に引き寄せられたのだ。
男は森の中を進んでいた。名前は蒲生晴彦。
しかしその名前をおもいだすことはもうない。
【引用】僕たちは、終わったはずの第二次世界大戦に巻きこまれていることになる。過去はなかなか消えないものだ。わすれようとして地下に埋めてあったのに、ふとしたきっかけで目の前に現れる。彼のように。あるいは、後部座席の二人のように。
・シリーズ「電書の可能性1」本当の本当に絵が描けない人のための入門書『マンガは描ける!絵が描けない人でも』