最終回秒読み『こち亀』30年分振り返らずにいられなかった。単行本キリ番は期間限定無料です
ついに9月17日、40年の歴史に幕を下ろす『こちら葛飾区亀有公園前派出所』。単行本はちょうど200巻、事前より周到に準備されたフィナーレに驚いた人も多いと思う。
Amazonでは『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の単行本のキリ番となる、1巻、10巻、20巻、30巻、40巻、50巻、60巻、70巻、80巻、90巻、100巻、110巻、120巻、130巻、140巻、150巻の計16冊を期間限定無料公開中。ここでは1巻から150巻までをそれぞれの時代背景とともに簡単に振り返ってみたい。それぞれ初版の年を入れているが、収録されている作品はだいたいその前年に掲載されたものだ。
1巻の初版は1977年。両さんのデザインも今とはずいぶん違う。中川は今よりずっとアナーキーで、初回では『ダーティハリー』の良さを熱弁しながら44マグナムで通りがかりのトラックを狙撃していた。連載当初は部長がまったく別の人物だったのにも注目。巻末コメントは秋本治と仲が良かった小林よしのり。
10巻の初版は1979年。初期の名脇役、チャーリー小林と安全バンドが活躍する回が複数ある。両さんが好きな春日八郎ネタも多いが、これは連載開始直後の77年に春日の代表曲のディスコカバー「ディスコお富さん」がヒットしたからなのかも。巻末コメントは車田正美。
20巻の初版は1982年。ミグ25に乗ったソ連の軍人が日本に亡命を図ったべレンコ中尉亡命事件(76年)をモデルにした中編「真夜中のパイロット!の巻」が白眉。ほかに、第一次ラジコンブームを反映したエピソードも。ちなみに第二次ラジコンブームは80年代半ば(『タミヤRCカーグランプリ』が放送開始したのは84年)。巻末コメントはシンガーソングライターの水越けいこ。
30巻の初版は1984年。アシスタントがすべて描いて、自分は目玉だけ描くという大物漫画家が登場するのはこの巻。大ヒット映画『Uボート』(日本公開は82年)をネタにした潜水艦のエピソードや第二次オイルショック(79年)に端を発するリサイクルブームをネタにしたエピソードが収録されている。この頃、両さんはパチンコよりゲームセンターに夢中だった(やっているゲームは82年リリースの「ディグダグ」)。巻末コメントはコント赤信号。
40巻の初版は1986年。堀田かつひこ『オバタリアン』(86年)に先んじた「オバサン族」というエピソードがある。「オバサンブーム」をフィーチャーした『ライオンのいただきます』(『ごきげんよう』の前身)がスタートとしたのは84年。スクーターで爆走するオバサンたちを見た本田が「現代の王蟲」とつぶやくが、『風の谷のナウシカ』が公開されたのも84年だった。アニメ制作会社の様子をつぶさに描いた「アニメ戦国時代!?の巻」ではセル画の盗難事件がネタにされていた。巻末コメントは『少年ジャンプ』イベント上映用のアニメで中川役を演じていた声優の神谷明。神谷の当たり役だったアニメ『キン肉マン』はすでに始まっていたが(83年)、両さんもぜひ演じてみたいと語っている。
50巻の初版は1988年。93年にオープンした“バブルの象徴”とも言われる屋内スキー場「ザウス」を先取りした巨大屋内スキー場のエピソードがある。青山に1500円のコロッケを出す高級下町グルメの店ができるエピソードもバブルっぽい。ただし、バブル期といえども両さんたちの生活に変わりはなく、家を探している寺井が「この不況時代に家をもつのは大変なんだよ」とボヤく場面もあった。巻末コメントは秋本治の憧れの漫画家、さいとうたかを。
60巻の初版は1989年。言葉遣いは丁寧だが、何が言いたいのかまったくわからない新人巡査・玉虫政治が登場するが、これは「言語明瞭・意味不明瞭」と言われた当時の竹下登首相への風刺である。両さんが遊んでいるゲームソフトはガリクソンがいるので「ファミリースタジアム88」。ソフトを踏み潰して言い放つ「集積回路ごときにこの私が負けてたまるか!」というセリフは今なお人気がある。巻末コメントは本宮ひろ志。キリ番は漫画家のコメントが多いようだ。
70巻の初版は1991年。この頃にはボルボ西郷や麻里愛(マリア)などの新キャラクターがレギュラーとして定着。婦警のモブキャラも増えており、後年の女性キャラの氾濫を予感させる一方、連載初期にしょっちゅう登場していた近所や商店街のおっさん、おばちゃんはほとんど登場しなくなっていた。葛飾で「星と宇宙の博覧会」というイベントが開催されるエピソードがあるが、バブル期は地方博覧会がブームだった。恒例になったキリ番の漫画家による巻末コメントは石ノ森章太郎。
80巻の初版は1993年。マリアと一緒に暮らしている両さんから野性味がなくなったというエピソードがある。派出所でアダルトビデオを見る両さんが問題になるエピソードでは、『ツインピークス』(日本放映は91年)ならぬ「ツインピッグス」というビデオにアダルトビデオを隠していた。ちなみに飯島愛がデビューしたのは92年である。70巻には派出所の電話がコードレスになるエピソードがあったが、80巻には車載電話と携帯電話が登場する。巻末コメントは藤子・F・不二雄!
90巻の初版は94年。アラビア語圏の外国人が急増している描写があるが、バブル期の東京はイラン人が本当に多かった(ビザが不要だったため)。両さんはごった煮の江戸下町文化を引き合いに、海外からの人口流入を歓迎する考えを披露している。警察手帳が電子手帳になるエピソードでは、タッチパネルを見た中川が「アップルのニュートン(93年発売の世界初PDA)みたいですね」とコメント。さすが中川というか、さすが秋本先生。巻末コメントは赤塚不二夫。『こち亀』を「アクションは小学生向け、セリフの面白さは中高生向け、テーマは大学生向け」と分析している。
記念すべき100巻の初版は96年。100巻記念のカバー裏イラストで両さんが「アニメ風のかわい子キャラが全盛時代にこんなおじさんのコミックスを買ってくれて!」と感涙しているが、すでに『こち亀』にも女性キャラの波はやってきていて、カラーの扉絵をディフォルメされた麗子、マリア、ジョディーらが飾っていた。100巻最初のエピソードが「インターネットで逢いましょう」というのも新時代の幕開けにふさわしい。「メール」や「LAN」などの言葉に欄外の注釈が入っており、顔文字のことを「スマイリーマーク」と呼んでいた。96年はヤフー株式会社が設立された年。両さんが電気街からPCの街に移り変わりつつあった秋葉原を案内するエピソードも。巻末コメントは村上龍。
110巻の初版は1998年。中川が全裸でポコチンを振り、麗子がビキニ姿で巨乳を揺らす「体を張ったアルバイト!!の巻」を収録。100巻はIT化の波が凄まじかったが、110巻では女性キャラの波が本格化しており、両さんに想いを寄せる磯鷲早矢が初登場したほか、モブキャラの半分以上を婦警などの女性キャラが占めるようになった。巻末コメントはユースケ・サンタマリア。
120巻の初版は2000年。118巻で運動能力や口喧嘩、さらに遊びでも両さんを凌駕する擬宝珠纏が初登場、作中の女性上位がますます進む。119巻では纏の実家である超神田寿司に両さんが居候する展開が始まっており、120巻ではさらに擬宝珠家のエピソードが増加する。両さんと纏が結婚しようとして、ほかの女性キャラが悲しむエピソードもある(夢でも冗談でもなく、纏が両さんに好意を抱いて結婚しようとする)。いわゆる“ハーレムもの”の大ヒット作、赤松健『ラブひな』の連載が始まったのが98年だった(01年まで)。オタク的な文化とは無縁だった両さんが、徐々にオタク(マニア)に接近していき、ついにオタク的な要素を物語に構造にまで取り込んでしまったと考えることができる。この巻は、擬宝珠家の話とメールやポケットステーションなどのIT系の話がだいたい半々ぐらいだった。巻末コメントは今や我がことのように『こち亀』を語るラサール石井。
130巻の初版は2002年。女キャラの増加はとどまるところを知らず、飛鷹右京・左京に続いてこの巻から漫才師志望の女子高生、日光・月光が登場。中川や部長たちが一発ギャグを繰り広げるだけのエピソードもあった。この時期は何回目かのお笑いブームが到来しつつあり、99年の『爆笑!オンエアバトル』のスターを契機にネタ見せ番組が増加していた。01年からは『M-1グランプリ』がスタートしている。巻末コメントは、舞台版『こち亀』で大原部長を演じていた原金太郎。
140巻の初版は2004年。擬宝珠家(超神田寿司)に続いて、『こち亀』ファンの議論の的になる御堂春ら通天閣署の面々がこの巻から登場。作者自ら「大阪パワーいっぱいの140巻です」と語っているが、10本中4本が通天閣署絡みのエピソードだった。ほかにも早矢のエピソード、檸檬のエピソードなどが入っており、両さんの影はかなり薄い。巻末コメントはアニメ『こち亀』を制作しているぎゃろっぷ社長の若菜章夫。
150巻の初版は2006年。唐突に両さんがインディーズバンドを始めるエピソードがある。Tシャツや生写真をファンに売って儲けるためで、両さんのパートは「エアギター」。04年にはエアギターの世界大会に日本人が入賞して話題になった。盗作を指摘された両さんが「盗作って言うな インスパイヤって言え!」と言うセリフがあるが、これは同時期に騒がれていたORANGE RANGEの盗作問題や、05年ののまネコ問題(エイベックスが「インスパイヤ」という言葉を使って大炎上した)が背景にある。巻末コメントは141巻から漫画家シリーズに戻っており、150巻ではトキワ荘グループから水野英子が登場。
軽く振り返ろうと思ったら、とんでもない分量になってしまった。それだけ『こち亀』が刻んできた歴史が深くて長いということの証明だろう。繰り返すが、上で紹介したコミックは現在すべて無料で読むことができる。