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直木賞受賞作『海の見える理髪店』がすっごくルー大柴でインポータント

第155回直木賞を受賞した荻原浩の『海の見える理髪店』。鏡越しに自分の昔話を告白してくる理容師から始まり、40代夫婦が替え玉で成人式に出席しようと画策する話で終わる。短編6編。
かつての同僚、父親、娘、各章の主人公すべてが、近しい人間を亡くした経験を持ち、その過去を忘れずにいる。止まったままの時計、部分部分が墨でつぶされた戦時中の手紙、子どもの小さい頃の発表会を映したビデオテープなど、登場人物の多くが捨てられない品を持っている。

「道の先には誰もいない。ノー・ピープル。道の両側のグリーンの中には人影があるけれど、ノー・ピープル。」
特に気になるのは第4話の「空は今日もスカイ」。最年少主人公の8歳の佐藤茜ちゃん。会話の中で英語を頻繁に織り交ぜてくるルー大柴的小学生だ。いとこの澄香ちゃんから英語を習っており、リスを英語で言うこともできる。
「ゴミ袋はめだつ。ピープルに見つかっちゃうよ」
少年に対しても英語を挟んで会話する茜ちゃん。かつて父と見た海の景色を見るために家出を決意し、道中出会ったゴミ袋を被る少年と冒険する物語である。

茜ちゃんもまた、父親を亡くした過去を持っている。こんな小さな子どもでも、身内を亡くす経験は珍しいことではない。生きていれば必ず経験をすることだ。残された人たちは時折、亡くした人のことを思いだしたり、忘れられなかったりする。

「過去は過去。もっとポジティブに生きなきゃダメなんだよ、人間っていうのは前向きにさ。そういうところがインポータント、大事なんだよ、分かるか? だからこんな小さな国のジャパンのね……」
2003年11月21日に放送されたナイトスクープでルー大柴が出演する回がある。中学生の女の子が大のおじいちゃん子であり、そのおじいちゃんはルー大柴にそっくり。しかし、おじいちゃんが他界した後、元気がないため、ルー大柴を娘に会わせてほしいというお母さんの依頼だった。
過去は過去として大事に心の中にしまっておくこと――おじいちゃんにそっくりなルー大柴に会いたいという中学生の女の子に説教をする。しかし、その後はキャラを封印し、女の子と一緒に遊んだり、料理を作ったりしていた。

ルー大柴は別れ際、涙を浮かべて女の子と抱き合っていた。英語を会話の中に混ぜるのは真面目さを隠しておどけてみせるためだ。茜ちゃんがゴミ袋少年に対して頻繁に英語を織り交ぜて会話したのは、冒険に対する不安を隠して大人である部分を見せたかったからだ。

「時計が刻む時間はひとつじゃない。この世にはいろいろな別々の時間があるってね。おかしいですかね」(時のない時計より引用)
茜ちゃんや大柴だけに限った話ではない。みんな本音を隠して生きている。家族を亡くした経験も、胸にしまい込んでいるうちに少しずつ忘れていく。
あの日、手を合わせているときに何を思ったのか、何を誓ったのか。命日だったり、その日と同じような天気だったり、その日テレビで流れていた歌を偶然耳にしたり、そんなとき、当時のことを鮮明に思いだしてしまう。