バカ売れ『羊と鋼の森』作者が全く信じていなかった自分の才能
6月28日号の「婦人公論」は「家族が倒れた時 慌てないための新知識」。読み物パートの中では「羊と鋼の森」の作者・宮下奈都のインタビュー『「ホルモンのせい」で書き始めた小説が夢の本屋大賞に』が4ページにわたって掲載されている。3人目の子を妊娠中に猛然と小説を書こうと思った当時の心境、家事をこなしつつ、家族に囲まれてリビングで執筆する習慣などを話している。
『羊と鋼の森』はこんな話
「するべきことが思いつかなかった。したいこともない。このままなんとか高校を卒業して、なんとか就職口を見つけて、生きていければいい。そう思っていた。
」
主人公は外村。高2の中間テスト期間中、偶然目にしたピアノの調律に魅せられる。
ピアノを習ったこともない、特別な才能があるわけでもなかったが、それから調律の専門学校を卒業し、楽器店に就職。失敗を重ね、発見を重ね、少しずつ調律師として成長していく。
悪人がおらず、多くの登場人物が主人公を認め、見守っている暖かさは小山宙哉の『宇宙兄弟』とそっくりである。
主人公の姿と宮下はある意味で似ている
「この仕事に、正しいかどうかという基準はありません。正しいという言葉には気を付けた方がいい。」
「こつこつと守って、こつこつとヒット・エンド・ランです」
「ホームランを狙ってはダメなんです」
客のピアノの調律を任せられるようになるのには、最低半年はかかる。以前辞めた人は一年半かかった。早く一人前になりたい。焦った外村は、憧れの調律師・板鳥からこつこつ取り組むようにと諭される。
一日一台のピアノを使って調律の練習を繰り返し、毎晩モーツァルト、ベートーヴェン、ショパンを聴くようにした。
外村の姿と自身の姿はある意味で似ていると話す宮下。このままでは自分の人生が育児になぎ倒されるという焦りで小説を書き始める。娘に授乳しながら片手で下書きし、息子たちが眠った隙にパソコンで清書して小説を完成させる。楽しくてしょうがなかった。小説の依頼があれば、嬉しくなって2パターン書き、「どっちがいいですか?」と選んでもらっていた。「私はこの道に才能がある」という信念があったからでは決してないという。
宮下も外村も壮大な目標、夢、使命感が初めの原動力となったわけではない。「今、これに夢中になりたい」、「今、楽しいと思えることをしたい」という気持ちを大事にして生きている。「羊と鋼の森」ではかなり後半の部分で、外村に具体的な夢ができる。毎日、夢中になってこつこつ取り組んで、見えてくるものがある。「夢に辿り着いたらラッキーだ、くらいに構えていたほうが、きっと人生も楽しいのではないでしょうか。」
インタビュー最後のほうで、宮下の目標が語られていた。