• トップ
  • 新刊情報
  • AIの演奏は音楽家を駆逐し、AIの作る曲は人の心を揺らすのか「AERA」特集「AIの音楽で泣けますか」

AIの演奏は音楽家を駆逐し、AIの作る曲は人の心を揺らすのか「AERA」特集「AIの音楽で泣けますか」

名前は出さないが、昔、あるプログレバンドのライブへ行って感じたことがある。この人たち、物凄い演奏力じゃないか! だって、CDと寸分違わないもの。でも、ならば、家でステレオを聴いてた方がいいかもしれない。ライブ終演後の私の感想は「なんかフュージョンのバンドみたいだったな……」であった。

たしかに、完全無欠を体験することで得られるカタルシスもある。しかし、高い音を出そうとヴォーカリストが声を張り上げ、力んだのにキーへ達することができないその瞬間にこそ、実は一番グッと来たりする。狂いの無さ、クオリティの高さと感動の度合いは似て非なるもの。完璧のみを是としたら、パンクという音楽は成り立たなくなってしまうだろう。

■練習を重ねることで、次第に上達する“AIドラマー”
『AERA』9月4日号が、「AIの音楽で泣けますか」なるタイトルで特集記事を組んでいる。

私の書いた冒頭文から予想されるは、もしかしたらアナログな演奏への絶対的な肯定かもしれない。もちろん現代のAIは、そんな先入観を簡単に飛び越える。
8月6日、東京藝術大学で行われたクラシックコンサート「憂飼(うしかい)」には、人間の片腕のような形をしたAIスネアドラマー2体が登場。通常、人間の打楽器奏者はバチでドラムを叩く直前に一瞬力を抜いてしなやかに叩くものだが、今回のAIスネアドラマ-はその筋肉の動きを再現している。

彼ら(AIスネアドラマーのこと)は、練習を何度も重ねたという。マイクから自分の演奏音を拾い、プログラミングされた目標の音を目指して叩く位置や強さを調節していくのだ。このトライ&エラーは、AIの「強化学習」という領域である。

■AIは音楽家を駆逐するか?
将棋でも囲碁でも、人間はAIにしてやられてしまった。では、音楽ではどうか? このテーマについて、数人の音楽家が持論を展開している。まずは、小室哲哉。
「既存の曲に関してはいくらでも情報を収集できるので、AIはその“真ん中”を選ぶことはできる。ただその旋律やヤマがどうしてそうなったか解明できない。理由は、人間、ミュージシャンは本当のことを言えないから。例えば、なぜ最初にGの音に触れたのかは、気持ちまでは覚えていない。忘れちゃうな。AIは分からないことを学んでも、分からないと思う」

続いて、新垣隆は以下のように述べている。
「近代の音楽はメロディー、ハーモニー、リズムという共通の3要素でできています。ところがクラシックでは同じ楽譜でも演奏者によって全く違う印象になる。同じバイオリンでも全然違う音色になる。(中略)人間が選ぶような音色や声質といった要素を、AIが作曲や演奏の際に選択できるかどうかは難しい気がしますね」

人間によるマジカルな感覚に対しての圧倒的な信頼感が、この2人からは窺える。「芸術は基本的に魔法ですし」と口にする菊地成孔も、その点については同意のよう。これを大前提としつつ、一方で以下のような考えも併せ持っている。
「テクノロジーによって、機械でも出来ることを職能としていた人は失業しますし、テクノロジーが手仕事を完全に凌駕してしまう、なんてことはただの一度も起こっていません」
「機械でも出来ることしかしていなかった作曲家、演奏家、歌手は、機械に失業させられますし、同時に、音楽家全員が失業するなんてことは絶対にありません。1980年代にMIDIという新しい音の規格が登場したときも、『ドラマーが失業する』と言われたものですが、あれから30年以上経って、MIDIに駆逐されたドラマーなんていません」

言ってることは、至極普遍的な内容だ。音楽に限らず、あらゆる産業で通用する話だろう。

■人間に合わせず成長した“AI作曲家”の曲なんて無用の長物
AIの脅威として話題になりがちなシンギュラリティ(人間の能力を超えることで起こる出来事)について、より具体的に説明してくれたのは東京大学薬学部教授の池谷裕二氏だ。
「知能が逆転して人間がAIに支配されてしまうという懸念がいかに無意味かは、作曲を引き合いに出すと簡単に説明できます」(池谷氏)

例えば、AIが膨大なデータから乱数生成で超クリエイティブな曲を作ったとしよう。すると、人間の好みを熟知したもう一方のAIが「そんなの人間には理解できないよ」とダメ出しする。要するに、曲として出てくるのは「これは人間が好きな曲だ」と認定されたものだけ。AIが人間に合わせず自分のルールにのみ従って成長すれば、“人の顔”が見えない音楽が生まれてしまう。そんなものは、無用の長物でしかない。

前述のクラシックコンサート「憂飼」本番に向けた練習では、名ピアニストだった故スヴャトスラフ・リヒテルの演奏データを読み込ませたAIピアノも参加。練習を重ねるごと、強化学習によって演奏が向上したAIピアノのことを、団員たちは途中から愛情を込めて「リヒテルさん」と呼ぶようになったという。
「AIが人の心を本当に理解するわけではないが、ペット同様、人がAIに『理解されている』と感じれば、“心が通じた演奏”は可能になるのかもしれない」(本文から)

AIの特徴は、学習すること。親しまれる秘訣は“人間っぽく”だ。