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ハゲていることはロックンロールだ『コンプレックス文化論』すべてはコンプレックスのおかげ

冴えない・モテない・うだつの上がらない人たちのコンプレックスによって、文化は生み出されてきた。そんな仮説を証明すべく、何らかのコンプレックスを持つアーティスト・タレント・学者などに話を聞き考察を重ねた、武田砂鉄『コンプレックス文化論』が8月10日より配信開始されている。

取り上げられる10個のコンプレックスは「天然パーマ」「親が金持ち」「一重(ひとえ)」など、悩むほどのことかと思ってしまうものがほとんど。でも当事者たちの悩みは案外深く、独自の処世術を人知れず身につけていたりもする。
たとえば、バンド「スカート」の澤部渡は下戸がコンプレックス。〈酒場のエピソードは面白い、みたいな前提は勘弁してほしいですよね〉〈酒が飲める・飲めないに、人生や人格を絡めないでほしい〉と、酒飲み文化批判が止まらない。それでも〈みんな酒を飲まなくなればいいとは思えないんですよ〉と寛容なのは、〈自分がマイノリティだっていう自覚があるし、その自覚を持ち続けたい〉という、少数派の視点から曲を作るアーティストとしての戦略があるからなのだ。

一方、コンプレックスにとことん無頓着な人もいる。臨床心理士・矢幡洋のコンプレックスは、ハゲ。20歳の頃から生え際が後退している自覚はあった。だからといって、対策を打つわけでもなく、髪の抜けたところを癖でいじってさえいた。カツラにしたのも〈マメにケアするより被ってしまえ〉と、大ざっぱなノリでだった。サービス精神が豊富で、テレビのバラエティ番組でカツラをとるのも躊躇しない。本当にハゲはコンプレックスなのか?外見を気にしない要因として、親の影響はあるのか尋ねる著者。そこから思わぬ事実が浮かび上がる。
すでに亡くなっている父親はオシャレな上に、実業界で成功した完璧な人間だったという。見栄えばかり気にする父への反発心から、ハゲであることにオープンなのではないか、ここまで頑張れたのではないかと矢幡は分析する。

そんな父へのコンプレックスをヒントに、著者のハゲ論は驚くべき跳躍をみせる。〈ロックンロールってのは、摂生よりも不摂生に宿る〉ものであり、反抗の象徴でもある。ゆえに、頭皮の不健全なハゲ=ロックンロールなのではないのか。ザ・ローリング・ストーンズのキース・リチャーズだって、堂々とハゲを隠さずに生きているではないかと、文学・音楽・お笑いなどあらゆるジャンルで雑な扱いを受けてきたハゲの新たな魅力を提示するのだ。
こんなユニークな解釈が生まれるのも、キャラの濃い面々が生まれるのも、すべてはコンプレックスのおかげ。この本を読んだらコンプレックスを克服するなんて、もったいなくてできなくなる。