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「けったくそ悪い」でアフロを断髪 笑福亭鶴瓶のスケベさ『笑福亭鶴瓶論』

落語家なのに、アフロヘアーでデビュー。
大ベテランなのに、後輩から憧れられない。
古典落語を披露する全国ツアーを行うのに、バラエティの汚れ仕事もこなす。
生放送で何度も局部を露出したのに、テレビで見ない日は無い。

笑福亭鶴瓶にはいくつもの矛盾がある。矛盾があるのにそれに気づかせない。笑福亭鶴瓶こそ最強の芸人なのではないか……。その正体を探るべく、膨大な資料から発言をすくい上げ、「笑福亭鶴瓶」を読み解くのが戸部田誠(てれびのスキマ)『笑福亭鶴瓶論』だ。キーワードは「スケベ」である。

本書での「スケベ」は主に「貪欲さ」の意味で使われている。「おもしろくなりたい」と後輩に嘆き、「日本で一番サインしてる」とファンとの交流を欠かさず、「逢うた人は絶対に逃がさない」と感じよく振る舞いたがる。確かにそこまでいくと確かに「やらしい」。本書は師匠への弟子入りから、関西でのデビュー、結婚、東京進出と、笑福亭鶴瓶の芸人人生を丁寧に綴っていく。

読み進めるうち、鶴瓶には代表的なギャグやフレーズ、スキャンダルや大病などの事件、プライベートの趣味特技など、わかりやすいアピールポイントやターニングポイントがほぼ無いことに気づく(それゆえ「テレビで局部を露出した」という放送事故が一番記憶に残ってしまうのかもしれない)

「自分発」のアピールは言わば自分の実績。実績はいつか過去になる。対して、鶴瓶が大切にしているのは「今ここ」。『家族に乾杯』のぶっつけ本番旅、『スジナシ』の即興ドラマ、『ぬかるみの世界』『パペポTV』での台本のないトークも全て「今ここ」を形にするもの。笑福亭鶴瓶は「今ここ」の地層を積み重ねてできあがっていたのだ。

でも、デビュー当時は「アフロヘアーとオーバーオール」というわかりやすいアピールポイントがあったじゃないか……と思うが、そのアフロヘアーを何故やめたかも本書に書いてある。きっかけは、ある程度売れた時に「髪型をトレードマークにしている」という声を耳にしたこと。実力で売れたのに、髪型を売りにしていると言われるのは「けったくそ悪い」と思った鶴瓶。テレビの密着取材が入っていたのに、誰にも相談せずに切り落としてしまった。

そもそも、アフロヘアーは古臭い落語界への反骨心で選んだものだった。髪型を売りにしていると言われて断髪するのも、言わば過去への反骨心ゆえ。アフロヘアーの断髪は、髪型に頼らない「今ここ」の鶴瓶を更新する行為だったのだろう。

「今ここ」をスケベに生き続ける鶴瓶は、止まった姿を観察することが難しい。こうしている今も、鶴瓶は誰かと出会い、縁をつなぎ、日々更新され続けている。こうして『笑福亭鶴瓶論』を読んでわかった気になっても、鶴瓶はぬるりとイメージから逃れてしまう。だって本人もこう言ってるのだ。

「今でも世間にわかられてたまるか、というのはありますよ。そう簡単にわかられたら、おもしろくない」

笑福亭鶴瓶は一体何者なので、何を考えているのか。その瞳の奥は……目が細すぎて全然わからないのであった。